地味さの中に真理あり--UI/UXを学びつづけるために

綾塚祐二
2015-09-15 07:00:00
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どこまでがUIの問題か

 ユーザーとしてウェブサービスを利用していて出くわす「問題」の1つとして、何かのフォームに住所などを入力した際に「英数字は全角文字で入力してください」とエラーが出るというものがある。

 これは(「全角文字」という表現が正しい、適切かどうかというのはさておき)システムの都合をユーザーに押し付けて不便を強いている例である。これはUIの問題だろうか。

 第3回で述べた通り、ユーザーにとっては「余計な翻訳」が必要になっているので、もちろんUIの問題である。一方、システムの設計・実装という観点で見ると、UIを主に司るモジュールで対応すべきかというとそうとは限らず、ベース部分のモジュールで対応する、あるいはUIとベース部分の間に別のモジュールを挟むといった選択肢があり得る。


どこで「変換」するか

 たとえUIを司るモジュールで対応しなかったとしてもユーザーから見るとUIの問題であり、そこまで含めて「UIデザイン」なのである。

 上の例での「翻訳」はUI側のモジュールでも可能であろうが、UI側では対応しきれないということもあり得る。その場合は「よいUI」を作るためにベース部分のAPIなどを改良する必要があるということになるが、その改良はおそらく、UIやUX以外の点でもシステムの改善につながるであろう。

UXは必然的に生じるもの

 「UXデザイン」というと「製品やサービスに付加価値を与えるためのもの」と思っている人もまだまだ多いかもしれない。しかし、UXとはアプリケーションやサービスをユーザーが使えばそれに伴って常に必然的に生じるものであり、意識的にか無意識的にかは別として、また、直接的にではないにせよ、それは「デザイン」されたものであると思わねばならない。

 UXをデザインする、意識するとは、必然的に生じるUXを、アプリケーションやサービスの一部と捉え、設計時の視野に入れて考慮するということであるといえる。もちろん、充分に考慮されれば「付加価値となるようなUX」を生じさせることは可能だろう。

 アプリケーションやサービスの、個々の要素部分にも全体にもUXは必然的に生じるものなので、UXデザインにおいては「与えたいUX」よりも「ユーザーが実際に受けるUX」を意識する必要がある。

 生じるUXのうち、「好ましくない、望ましくないもの」は、それが排除される、あるいは好ましい、望ましい方向へ変わるよう、デザインすべきである。また、「好ましいもの」は増強したいであろうし、新たな「好ましいもの」を付け加えたいこともある。場合によっては「特に印象に残らない」も良いUXたりうることも忘れてはならない。

 また、第4回で見たように、組み合わせることによって違うUXが生じうることも気をつけねばならない。

 そうしたデザインの「実装」が、UIの部分で行われるか、それ以外の要素として行われるかはケースバイケースであるが、少なくとも実装の見通しを立てるところまでは UXデザインの役割と言ってよいであろう。

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