特別寄稿 LPI-Japan理事長 成井 弦氏 :IT企業にオープンソースクラウドソフトがもたらすパラダイムシフトとは?

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2015-10-27 16:00:00
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 ここでもう一つ重要な点は、この「貢献の競争」に勝てない企業にもメリットがあることである。

 今から10年前のCray製品はすべてCray独自のUNIXで稼働していた。しかし、現在のCray製品はすべてLinuxで稼働している。すなわち、CrayはLinuxスパコンにおける「貢献の競争」に完全に乗り遅れたにも関わらず、トップベンダーの一つに返り咲いたわけである。

 スパコン業界に関する多くのデータを提供するTop500 Supercomputer Sitesによれば世界のスパコンの97%がLinuxで稼働している。これは「貢献の競争」に勝てなくてもLinuxを採用するメリットが多く有ることを意味する。自社ですべてのソフトを開発するよりも、「貢献の競争」によりベースラインが早いピッチで向上するLinuxを採用し、そのLinuxの上に自社の差別化要因を築くほうが早く、安く、また性能の優れた製品を市場に投入できることを意味する。

 上記のLinuxの世界のことはOpenStackの世界にも当てはまると考えて良い。現在、OpenStackコミュニティには、30以上のサブグループがコンポーネント別に組織化されている。OpenStack Summit 2015と同時開催のDeveloper Summitにおいてこれらのサブグループの会議が開かれ、OpenStack改善の討議がされた。それぞれのサブグループ単位で「貢献の競争」が展開されているのである。IBMやHP、Cisco Systems、EMCなどがそれぞれの講演で自社が提供した(貢献した)コードがどれくらい採用されたかを誇示する理由は、Linuxの「貢献の競争」と同じ理由である。また、このような「貢献の競争」が繰り広げられるがゆえに、うまく運営されたオープンソース方式では、一社の開発能力を遥かに超える成果を生み出すことができる。

 繰り返しになるが、オープンソースの世界では「貢献の競争」に勝つことがITベンダーにとって非常に重要である。OpenStackは6か月ごとに新しいバージョンがリリースされる。従って仮にA社の提供されたコードが現在のOpenStackのある機能に採用されたからと言って、次のバージョンにもA社のコードが採用される保証は無い。それゆえにA社の一時の勝利がA社の優位性を長期に補償する訳ではない。自社が提供するコードが6か月ごとの「貢献の競争」に勝てるようにすることが、その分野での優位性を確立する最も良い方法である。Linuxと同様にOpenStackはこの「貢献の競争」に勝ち抜いたソフトの集大成であり、別の言い方をすれば、貢献の競争に勝ち抜いた世界の優秀なIT技術者の英知を結集して作られるソフトとも言える。またスパコンを例に説明したように「貢献の競争」に勝てない企業でも、世界の英知の結集で作られるオープンソースのクラウドソフトを使用しないという選択は考えにくい。

4. ITベンダーは何をしたら良いのか

 上記のような流れはITベンダーに以下のようなパラダイムシフトを要求する。

A) うまく運営されたオープンソース方式の開発は、一社の開発能力よりも遥かに良いソフトを、早く、安く(無料で)開発できる。それゆえに、ITベンダーはOpenStackやCloudStackのようにオープンソース方式で開発されるクラウドシステムの構築能力を、自社が得意とする分野に限定してでも持つ必要がある。またそのような経験を積み、自社が得意とする分野で「貢献の競争」に勝てるように技術者を育てて行く必要がある。

B) マクロ的に言えば、ITシステムの基幹ソフトをクローズドソース方式で開発し、その使用権をライセンスの形態で販売する時代は急速に終わりつつある。このことは業界標準となったクローズドなソフトを中核に据えるSIビジネスも同様であると言える。オープンソースソフトのSIビジネスのほうが、クローズドなソフトのSIビジネスよりも、はるかに自社の差別化要因を築きやすい。その理由としては、OSやクラウドの分野では世界の英知を結集して開発されるオープンソースソフトのほうが、一社が開発するソフトより性能面で圧倒的に優れている分野が多いことがあげられる。さらに言えば、オープンソースソフトでは、顧客のニーズに合わせたカスタマイズをすることができ、そのカスタマイズ自体を差別化要因とすることが可能である。

 世の中で数多く販売されている既製品を着てファションコンテストでNo.1になるのは難しいのと同様に、世の中で業界標準となったクローズドソースを利用したITシステムで業界No.1のITシステムを構築するのは至難の業である。この理由ゆえにGoogle、Yahoo!、Facebook、Twitter、Amazon.com、楽天といったリーディング企業は、オープンソースを使用してITシステムを構築している。

C) うまく運営されているオープンソースソフトは、上述したように世界のIT技術者の貢献によって、半自動的に開発が進められる。ただし、そのような開発方法は、プロジェクトマネジメントに長けた責任者がいて初めて実現出来る。組織構成者に対し指揮権を持たず、また金銭的な対価を払わずして組織運営が出来る能力を、元ハーバード大教授のJoseph Nye氏は「Soft Power」と呼んでいる(※)。今後、ITベンダーにとって重要となるのは、このSoft Powerで多くのソフト開発者を動かすことが出来る人財の育成である。Soft Powerで組織運営出来る人がOpenStackや他のオープンソースソフトの開発でも中核になる。このような人財がいることがIT企業にとって非常に重要になる最大の理由は、優秀なソフト開発者がオープンソースの世界に存在するからである。そのような優れたソフト技術者をうまく組織化出来る(使用出来る)者が真のプロジェクトマネージャーになり得る。また優秀な人材を採用するにしても、オープンソースの世界で「貢献の競争」に勝てる人やSoft Power力を発揮している人は、優秀なソフト開発者と判断して間違いない。多くの優秀な技術者がひしめく「貢献の競争」の世界で残された成果は、その人物の能力を測るうえでどのような面接よりも有効である。

 それではどのようにしたらこのSoft Power力を身につけることが出来るのであろうか? それはオープンソースの使用から始め、徐々にオープンソースのコミュニティ活動に参加し、いろいろなタスクチームのメンバーになり、そしてリーダーになることである。

※ Soft Powerという表現はJoseph Nye氏の著書「ソフトパワー」の中で国際関係論の視点から使用された表現である。しかし、この考えはオープンソースの世界でも幅広く利用されるようになってきている。その関係の深さは、"soft power"と"open source software"のAND検索をしていただくとご理解いただけるだろう。

5. オープンソースはITの"破壊的技術"

 日本でも良く読まれているビジネス書の一つにハーバード大学のビジネススクールの教授であるClayton M. Christensen教授が書いた『Innovator's Dilemma』(邦題:イノベーションのジレンマ)がある。この本の中でChristensen教授は、企業の成長を支えて来た技術をSustainable Technology(持続的技術)と呼び、持続的技術による企業の成長を止めるようなまったく新しい技術をDisruptive Technology(破壊的技術)と呼んでいる。そしてChristensen教授は、持続的技術で成功した企業は、多くの場合、破壊的技術に対応出来ないことをハードディスク業界の事例を用いて説明している。

 日本でこの「イノベーションのジレンマ」の説明で良く出てくる企業に、Kodakと富士フイルムがある。両社ともフィルムを改善する持続的技術で成長した企業である。そしてこのフィルムの持続的技術による両社の成長を止めた破壊的技術がデジタルカメラのCCD技術だ。フィルムの持続的技術のみに依存したKodakは破産して大幅な規模縮小を余儀なくされた。一方、CCDの開発を進めた富士フイルムは、カメラのみならず医療の分野にも進出して現在も健在である。

 多くの日米のITベンダーがクローズドソースのハード、ソフトを持続的技術として成長してきたことは間違いない。しかし、その持続的技術で成長できる時代は急速に終わりつつある。今後はオープンソースという破壊的な開発技術(手法)がIT業界を牽引して行く。このオープンソース方式で開発されたのがインターネット、Linux、そしてそのLinux上で稼働するクラウドソフトである。今後のIT企業の存続は、このオープンソースと呼ばれる破壊的な開発手法で開発されるLinuxおよびその上で稼働するクラウドソフトをいかに自社の経営戦略の基軸に据えるかが要だと思われる。

LPI-JapanではOpenStackの専門知識や構築、運用管理のスキルを認定する認定試験『OPCEL認定試験(Certification Exam for OpenStack Professionals by LPI-Japan)』を2015年10月26日にリリースしました。

また、CloudStack技術者向けの認定試験『ACCEL認定試験(Apache CloudStack Certification Exam by LPI-JAPAN)』も配信しており、全世界で日本語版と英語版を受験することができます。

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