特別寄稿 LPI-Japan理事長 成井 弦氏 :IT企業にオープンソースクラウドソフトがもたらすパラダイムシフトとは?

builder by ZDNet Japan Ad Special
2015-10-27 16:00:00
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

LPI-Japan理事長
成井 弦氏

 筆者は今年5月に米国バンクーバーで開催された「OpenStack Summit 2015」に参加した。約6,000人が参加し、500のセミナーが用意されたこのSummitは、オープンソース方式により開発されるクラウドソフトが多くのIT企業に変革を迫っていることを示すイベントであったと思う。本稿では、そのように感じた理由をいくつか書いてみたい。なお、ここに記載した意見は私個人の考えであり、LPI-Japanの理事会で承認された意見ではないことをお断りしておく。

1. ITベンダーにとってのクラウドファースト

 Linus Torvalds氏がLinuxの開発をオープンソース方式で開始してから24年後の現在、多くの基幹ITシステムにLinuxが使用されるようになった。そして今度はそのLinux上で稼働するクラウドの構築・運用に必要なソフトをオープンソース方式で開発し、それらのコンポーネントを粗結合するプロジェクトがOpenStackである。ちなみに、OpenStackと比較されることが多いCloudStackは、クラウドシステム構築に必要な機能を可能な限りひとまとめにして提供するモノリシックなアーキテクチャを採用している。

 Linuxの普及により、またその結果としてオープンソース方式での開発手法への信頼が高くなったがゆえに、OpenStackプロジェクトはまだ5年目の段階だが、すでにYahoo!、 BMW、タイムワーナーなどの企業や欧州原子核研究所(CERN)、ジェット推進研究所(JPL)といった研究機関で利用されている。このようにサーバ系、ストレージ系やネットワーク系のクラウドソフトがオープンソース方式で開発され、主流の地位を占めるようになると、IT製品を提供するITベンダーにとってもOpenStackとの接続性が重要な課題となる。

 Cisco SystemsやEMCのようなハードウェア・ベンダーや、Oracleのようなソフトウェアを主軸とするベンダーは、自社製品がどのようにOpenStackに繋がるか、その相互運用性が高いか低いかが企業の命運を決定する状況になってくる。当然のことながらIBMやHPのようなサーバ関連企業にも多大な影響を与える。

 つまり、クラウドへの対応を第一に考えなければならないクラウドファーストの考えは、ITのユーザー企業以上に"ITベンダー"に大きなインパクトを与えると思われる。

2. ハードの差別化要因は性能よりもクラウドにおける統合能力へ

 OpenStack Summit 2015でCisco SystemsやEMCの講演に参加したが、自社製品の説明は皆無に等しかった。強調点は、自社がいかにOpenStackの開発に深く貢献しているかである。その貢献度を強調したうえで、自社が得意とする分野での統合能力(インテグレーション能力)を訴求していた。Cisco Systemsの講演では当然のことながらOpenStackを構成するネットワーク系の分野でいかに自社が貢献しているかを説明し、今後ネットワークの分野で重要なのはハードよりもソフトであることを強調していた。ネットワーク機器で世界最大になった企業の講演者が、一切自社のハード製品の説明をせずにソフトの話とその統合能力のみの話に終始したことに違和感を覚えたが、このように感じたのは筆者だけではなかった。この講演のQ&AセッションではCisco Systemsの株主でありクラウド技術者と称する参加者が「Ciscoはルータなどのハードウェアで成長した企業なのに、今後はどうなるのか?」と質問をしていた。講演者はこの質問に答える際にようやく「我が社はルータなどに加えて、サーバ製品も有しており……」と答えてはいたが、その返答内容に自社のサーバ製品がいかに他社製品と比べて優れているかの説明は無い。要するにITベンダーにとって重要なりつつあるのは、自社製品の性能よりもOpenStackが前提となるシステム構築において、いかに顧客のニーズに合わせたシステムが自社のハードとともに構築できるかという統合能力なのである。

 Cisco Systemsのみならず、EMCやIBM、HPの講演でも自社製品の優秀性より、自社が得意とする分野には自社が提供したコードがどのくらいOpenStackで採用されているかを強調し、そのうえでOpenStackにおける自社のIntegration能力を含むサービス力を強調していた。

 偶然ながら、OpenStack Summit 2015開催後の5月26日の日経新聞朝刊にEMCのJoseph M. Tucci会長兼最高経営責任者の記事が「法人向けIT, クラウドで激変」との見出しで掲載されていた。その記事の中でTucci会長は、「今後10年はクラウドサービスの拡大により、市場で破壊的な変化が続く」とし、ハード製品を売り切るモデルからサービスを継続的に売るビジネスモデルへの変革の必要性を述べている。

 EMCの会長が述べるように、このような流れがすべてのITベンダーに大きな変革を強いることは確実だ。しかも、この変革に対応出来なければ市場からの退場を余儀なくされる時代に入りつつある。長年かかって築いたブランドイメージもクラウドの世界では通用しない。今回のサミットでHPは最上級のヘッドラインスポンサーになり、19日の夜には盛大なパーティーを開き、クラウド時代に対応する新たなHPのブランドイメージの構築に努めていた。

 オープンソース方式で開発されるクラウドの時代は、IT技術者にも変革を要求する。世界的に人員削減を進めるIBMの講演の最後は、OpenStack系の技術者募集で締めくくられていた。いかに早くOpenStackの世界においてサービス能力を確立するかは、ITベンダーの人財戦略にも大きな影響を与えているのである。

3. オープンソースソフトの時代は「貢献の競争」でどの位勝てるかが差別化要因

 オープンソース方式で開発されるOpenStackやCloudStackを基幹システムに使用することにユーザー企業が不安を持たない最大の理由は、何といってもミッションクリティカルな分野におけるLinuxの普及がある。ITシステムで最も信頼性を要求される世界の証券取引所の80%以上がLinuxで稼働していると言われ、東京証券取引所もLinuxを採用している。やはり信頼性を最重要視する銀行でも、例えば三菱東京UFJ銀行やみずほ銀行も基幹システムはLinuxを採用している。

 以下では、Linuxがこのような強固なOSになった理由の一つである「貢献の競争」について説明したい。これは、OpenStackやCloudStackの信頼性が短期間で急速に向上した理由でもある。また、この理由を理解することは、ITベンダーの戦略上非常に重要でもある。

 現在Linuxを改善するために無償で世界中から提供(貢献)されるコードは、OSの機能別に組織化された約100のサブコミティーにより一時的に選別される。このサブコミティーを通過したコードをLinus Torvalds氏が承認すれば、そのコードは次にリリースされるカーネルに提供者の名前(企業名)とともに組み込まれる。ITベンダーにとってこの仕組みの重要な点は、多くの場合、この「貢献の競争」に勝ち自社が提供した(貢献した)コードがカーネルに採用されることが、自社の優位性に直結する点である。わかりやすい例としてスパコンの世界を例に説明しよう。

 現在スパコンのビジネスに大規模な参戦をしている企業は、富士通、IBMそしてCrayである。ここで仮に、スパコンの性能に影響を与えるLinuxのカーネルの部分に富士通が提供したコードが採用されているとしよう。この場合、"現在"のLinuxでは富士通のスパコンが最も能率良く動作すると考えて良い。この状況を見て、IBMおよびCrayの技術者は、富士通のコードよりさらに優れたコードをサブコミティーに提供し、次のカーネルのバージョンでは自社のコードが採用されることを試みる。富士通は"現在"のカーネルに自社のコードが採用されていても、さらに優れたコードを提供しなければ、次のカーネルでIBMかCrayのコードにとって代わられる可能性がある。要するにオープンソースの世界には、「貢献の競争」に勝つことが自社の優位性に直結するという一つのビジネスモデルが存在する。その結果、より優れたコードを開発する競争は常に続けられることになる。

 もちろん、サブコミティーのメンバーもある特定企業のみが便益を受けるようなコードは承認しない。しかし、自社が提供するコードが採用されれば、その機能をハードで最初に活かせる企業は「貢献の競争」に勝った企業である。SamsungがAndroidスマホで世界最大のシェアを取れた仕組みもAndroidの世界における「貢献の競争」で、Samsungが提供するコードが一番多く採用されたからである。

 もちろん、スパコンに関連するカーネルの分野は多岐に渡り、すべての分野においてある特定の企業が「貢献の競争」に勝つのは至難の業である。しかし、このビジネスモデルはスパコンのある特定の機能に限定したミクロ的な分野にも、またスパコン全体のマクロ的な分野にも当てはまると考えて良い。

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]