桝田良一

羽咋七塚について

2010-07-04 09:00:10

昨日、羽咋市へ「羽咋の名前の云われ」を探しに行ってきた。
で、「羽咋七塚」があることを知りました。

羽咋に27年住んでいながら、何も知らなかったなと反省した次第です。

以下、羽咋市のページからの抜粋です。
--ここから--
羽咋市には、羽咋神社を中心にして、この地方を平定した第11代垂仁天皇の皇子 石衝別命(いわつくわけのみこと)、妃の三足比咩命(みたらしのひめのみこと)、その御子の石城別王(いわきわけのおお)にまつわる塚が点在しており、各塚にはそれぞれの故事来歴をわかりやすく説明した案内板が設置してあります。

<大塚 (御陵山)>
石衝別命(いわつくわけのみこと)のお墓で、大正6年(1917年)に陵墓参考地に指定されました。長さ約100mの県下最大の前方後円墳です。
5世紀中頃の築造で盛土は唐戸山から唐人(韓国人)が運んだと伝えています。また、「古墳の上に老松があったが、宝暦(1751~1763年)の雷火で焼けたため宝倉を建て、まわりの堀が埋められました。文化年間(1804~1817年)に宝倉を羽咋神社の本殿に改築した時、石室が発見されました」との記録があり、本念寺の裏庭にある天井石から横穴式石室ではないかと考えられています。
--ここまで--

以下、2つめ~7つめは名前だけにとどめておきます。羽咋市のページをご覧ください。
<大谷塚 (王児塚・観音塚)>
<水犬塚 (三犬塚・薬師塚)>
<宝塚 (稲荷山)>
<姫塚>
<剣塚>
<痛子塚>

で、<水犬塚 (三犬塚・薬師塚)>に羽咋市の名前の云われが書かれています。
--ここから--
石衝別命が滝崎に棲む怪鳥を射ち落とされた時、命に従って来た白・黒・斑の三匹の犬が怪鳥の羽を喰えて噛み殺しました。「羽喰(羽咋)」の地名はこれから起こったと伝えられています。
この古墳は三匹の犬と怪鳥のお墓だそうですが、削られているため、もとの大きさはわかりません。
別名を薬師塚というのは古墳の上の少名彦名社の御神体が薬師如来であったためであり、入口の井戸の「薬師の水」は病気に効くと信じられています。
--ここまで--

とても参考になる羽咋滞在記
2006.05.28井上筑前さんの「羽咋の町」
2006.12.22継体天皇の系譜をめぐる旅(5) 羽咋市
2008.11.20ぶらりぶらり見て歩記 羽咋七塚・羽咋市

とても参考になる羽咋の歴史
羽咋の歴史と史跡<概略史・気多大社・妙成寺・永光寺など>
森に往く日。羽咋七塚
羽咋市街には7個の古墳があるという

※このエントリは ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および ZDNet Japan編集部の見解・意向を示すものではありません。
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